昭和のパソコン向けアダルトゲームでは、プレイヤーはかなり忙しく動いていました。
ジャンケンに勝つ。
パズルを解く。
街で女性をナンパする。
ダンジョンを歩いて敵を倒す。
夏休みの町を走り回り、目当ての女性を探す。
その先に、少しエロい一枚絵が待っていました。
ところが1990年代半ばになると、アダルトゲームの遊び方がまた変わります。
画面に表示された文章を読む。
音楽を聴く。
物語の途中で選択肢を選ぶ。
その答えによって、登場人物の運命や結末が変わっていく。
エロゲーは、勝負に勝つゲームでも、町を歩き回るゲームでもなく、物語を読むゲームへ変わっていきました。
WindowsとCD-ROMで、作品へ入れられる量が増えた
1995年にWindows 95が発売され、家庭へパソコンが広がり始めました。
それまでのパソコンには、少し難しい機械という印象があります。
黒い画面に命令を入力する。
ゲームを起動するにも、決められた操作が必要。
フロッピーディスクを何枚も入れ替える。
パソコンに詳しくない人からすると、かなり入りづらい世界でした。
Windowsでは、画面に並んだアイコンをマウスで選び、ソフトを起動できます。
パソコンは仕事や一部の趣味人だけの機械から、普通の家庭でも使われる道具へ変わり始めました。
同じ頃、フロッピーディスクに代わってCD-ROMも普及します。
CD-ROMなら、大量の文章、画像、音楽を一枚に収録できます。
色数も増え、女性キャラクターの肌や髪、表情を以前より滑らかに描ける。
作品によっては音声まで入る。
ただエロい絵を数枚表示するだけでなく、文章、絵、音楽を組み合わせて、一つの世界を作れるようになったのです。
ネットへつなぐだけでも、ちょっとした儀式
Windowsが家庭へ広がった頃、インターネットを使う人も増えていきました。
ただし、現在のような常時接続ではありません。
電話回線へモデムをつなぎ、接続操作をすると、
ピー。
ガー。
ガガガガ。
という独特の音が鳴ります。
初めて聞いた人なら、機械が壊れたと思っても不思議ではありません。
しばらく待って、ようやく接続。
ネットを使っている間は、家の電話が使えないこともある。
長く接続すれば、電話料金も気になります。
画像一枚を表示するにも時間がかかり、動画を気軽に見るような環境ではありませんでした。
それでも、ゲームの攻略情報を探したり、同じ作品を遊んだ人の感想を読んだりできることは新鮮でした。
エロゲーについて語る場所も、パソコン通信、掲示板、個人ホームページへ広がっていきます。
一人で遊んで終わりではなく、遊んだ後に感想や考察を読む文化が少しずつ生まれていきました。
「読むゲーム」の形を示したサウンドノベル
文章を読みながら進めるゲームは、最初からアダルトゲームとして始まったわけではありません。
1992年にスーパーファミコンで発売された『弟切草』では、背景の上に文章を重ね、音楽や効果音で恐怖を演出する「サウンドノベル」という形式が使われました。
1994年には『かまいたちの夜』が登場します。
雪山のペンションで起きた殺人事件を読み、途中の選択肢によって物語や結末が変わっていきます。
一度最後まで読んでも、それですべてが終わるわけではありません。
違う答えを選ぶと、別の人物が疑われる。
まったく違う事件が始まる。
真面目な話だったはずが、妙な方向へ進むこともある。
一冊の小説の中に、何通りもの物語が入っているような作りです。
この「文章を読むこと自体をゲームにする」という考え方が、パソコン向けのアダルトゲームにも取り入れられていきました。
コマンドを総当たりする必要がなくなった
それまでのアドベンチャーゲームでは、画面に「話す」「調べる」「移動する」といった命令が並び、正しいコマンドを探す必要がありました。
話が進まなければ、同じ人物へ何度も話しかける。
画面の怪しい場所を片っ端から調べる。
とりあえず全部のコマンドを試す。
今振り返ると、かなり地味な作業です。
ビジュアルノベルでは、こうした操作を減らし、背景や人物の上に文章を大きく表示します。
会話だけではありません。
主人公の考え。
部屋の空気。
雨の音。
誰かの視線。
登場人物が口にしなかった感情。
普通の小説で書かれるような部分まで、画面に表示されます。
プレイヤーがすることは、基本的に文章を読み、クリックして先へ進むことです。
昔からゲームを遊んでいた人なら、
「これ、ほとんど読むだけじゃないか」
と思ったかもしれません。
実際、かなり読むだけです。
でも、その読む時間が長くなったことで、従来のゲームより細かな感情や物語を描けるようになりました。
学校の中で狂気が広がる『雫』
1996年、Leafから『雫』が発売されます。
主人公は、学校内で起きる奇妙な出来事を調べていきます。
様子のおかしくなった生徒。
不自然な言動。
少しずつ崩れていく日常。
明るい学園恋愛ものではなく、人の心が壊れていく怖さや、説明しにくい不安を描いた作品です。
もちろんアダルト作品なので、エロい場面もあります。
ただ、それだけを目的に読む作品ではありません。
学校で何が起きているのか。
誰が何を隠しているのか。
この話はどこへ向かうのか。
その真相を知るために、プレイヤーは文章を読み続けます。
エロゲーなのに、読んでいて落ち着かない。
でも先が気になる。
『雫』は、ビジュアルノベルなら恋愛だけでなく、サスペンスや怪奇物語まで描けることを示した作品でした。
一族の因縁を描いた『痕』
同じ1996年、Leafから『痕』が発売されます。
主人公は、親戚の女性たちが暮らす家を訪れ、そこで一族の過去や、人ではない存在との因縁へ巻き込まれていきます。
静かな田舎。
古い屋敷。
何かを隠している女性たち。
平穏に見える日常の裏に、長く続いてきた秘密がある。
文章を読むほど、少しずつ全体像が見えてきます。
エロい場面よりも、
「この家族に何があったのか」
「この人物は何を隠しているのか」
という謎の方が気になってくる。
アダルトゲームの中で、伝奇小説のような物語を本格的に楽しめる作品でした。
何も起きない日常が楽しい『ToHeart』
1997年には『ToHeart』が発売されます。
『雫』には狂気があり、『痕』には怪異や一族の因縁がありました。
『ToHeart』で描かれたのは、学校へ通い、友人と話し、身近な女性たちと過ごす日常です。
大きな事件が次々に起きるわけではありません。
世界が滅びそうになるわけでもない。
朝、学校へ行く。
教室で話す。
放課後に誰かと過ごす。
少しずつ相手のことを知る。
それだけです。
でも、表情、会話のテンポ、音楽、学校の空気が合わさることで、ゲームの中に親しみやすい日常が作られていました。
『同級生』では、時間を考えて町を歩き回り、女性を探す必要がありました。
『ToHeart』では、文章を読みながら、女性キャラクターと一緒に過ごす時間を楽しみます。
恋愛を攻略するというより、その人物との物語を読む。
エロゲーの楽しみ方が、また少し変わったのです。
エロより、話の続きが気になる
ビジュアルノベルにも、もちろんエロい場面はあります。
ただ、物語を読み始めると、それだけが目的ではなくなっていきます。
事件の真相を知りたい。
この人物が抱えている悩みを知りたい。
最後に二人がどうなるのか見届けたい。
別の選択肢を選んだ場合の結末も確かめたい。
エロい場面を見た後も、普通に続きを読む。
場合によっては、その場面より前後の会話や、最後の結末の方が強く記憶に残ります。
脱衣麻雀や野球拳の時代から十数年。
プレイヤーは何時間も文章を読み、登場人物の過去や人生を追いかけるようになりました。
エロゲーなのに泣く「泣きゲー」
1990年代の終わりになると、さらに物語を重視した作品が増えます。
1999年にKeyから発売された『Kanon』は、雪の町を舞台に、主人公と女性キャラクターたちの過去や記憶を描いた作品です。
最初は、かわいい女性との恋愛ゲームに見えます。
でも話が進むほど、切なさや悲しさが強くなっていく。
過去が分かる。
事情が見える。
別れや記憶の話が出てくる。
そして最後には、普通に泣いている。
エロゲーを遊んでいたはずなのに、ティッシュの用途が途中で変わる。
こうした作品が注目され、「泣きゲー」と呼ばれる流れが広がっていきました。
昔は女性の服を見るために麻雀を打っていたのに、いつの間にか人の記憶や別れを描く物語を読み、感動するようになっていたのです。
読み終わった後も、ネットで話が続いた
ビジュアルノベルが広がった時代には、インターネットの存在も大きくなっていきました。
ゲームを終えた人が、個人ホームページへ感想を書く。
好きなキャラクターのイラストを公開する。
掲示板で、どの結末がよかったか話し合う。
攻略情報や物語の考察を交換する。
それまでアダルトゲームは、店で買い、自宅で一人で遊ぶものという面が強くありました。
でもインターネットによって、遊び終えた後にも作品について語れるようになります。
難しい物語なら、ほかの人の考察を読む。
感動した場面があれば、その気持ちを共有する。
おすすめされた作品を、次に買ってみる。
ビジュアルノベルは、ゲームの中に長い物語を作っただけではありません。
読み終えたプレイヤー同士が、その物語について語り続ける文化まで広げていきました。
小説でもアニメでもない、パソコンならではの読み物
ビジュアルノベルは、小説に近いゲームです。
でも、普通の小説とまったく同じではありません。
背景が変わる。
人物の表情が変わる。
音楽が流れる。
効果音が入る。
途中で選択肢を選び、物語の方向を決める。
アニメのように映像が動き続けるわけでもない。
RPGのように戦闘を繰り返すわけでもない。
文章、絵、音楽、選択肢を組み合わせた、パソコンならではの読み物です。
1990年代後半、アダルトゲームは、エロい絵を見るために頑張るゲームから、物語の続きを知るために読み続けるゲームへ変わっていきました。
最初は女性キャラクター目当てで始めた。
でも気づけば事件の真相を追っている。
登場人物の過去に悩んでいる。
最後には、普通に泣いている。
この頃からエロゲーは、エロだけでは説明できない作品になっていったのです。
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